「手をつかうこと」その1 T先生インタビュー

「手をつかうこと」① T先生インタビュー


 今回は化学科のT先生に「手をつかうこと」というテーマでお話を伺った。T先生は手をつかって色々な工作をするのがお得意。職員室では、カッターをつかって色々なものを作っている姿をよく見かける。化学の授業の中だけでなく、同好会活動やゼミでも手をつかった学びの楽しさを伝えている。


ーー工作や化学がお好きになったきっかけなどがあれば教えてください。

 身近な薬品を混ぜて色の変化を見たり、たき火でいろいろ燃やしたりして遊ぶのが好きでした。図画工作も大好きで、小学校に入ってすぐに、父からカッターやカッターマットを与えられていました。折り紙から出発し、厚紙をハーフカットしていろいろなものを組み立てる紙工作に進んでいきました。

 

ーー遊びの中に、ご職業や趣味につながるきっかけがあったのですね。
 子供の頃に生活していた環境の影響もありました。横浜本牧の公団住宅に住んでいたのですが、戦後に接収された米軍ハウスと隣接していました。本当はダメなのでしょうけれど、子供は割と自由に入れてもらえて、広い芝生で遊ばせてもらいました。また、高度経済成長の真っ只中で、すぐ近くに造成中のだだっ広い埋め立て地がありました。学校のプールより広い水たまり(水深50㎝?)があって、いかだを組み立てたり、オニヤンマのヤゴを捕ったりして遊びました。


ーー先生は栄光学園のOBですが、学生時代のことを教えてください。

 当時はまだ、大船近くだと根岸線のそばまで田んぼがひろがっていた時代でした。今よりももっと自然が豊かで、いろいろな生物を捕まえて遊んでいました。「手をつかう」ということでいうと、中一数学の授業でやった「多面体をつくる」という課題が思い出されます。設計図をつくり、厚紙で多面体を作成するというもので、今でも毎年やっていると思います。好きな分野が課題になったので、張り切って何個も作って提出しました。


ーー小学生の頃から得意で好きだった工作、そこでつちかった力が授業でも役立ったのですね。

 共感する人も多いと思うけれど、栄光に入りたての時に、周りの人達が皆、賢いことに気がついて圧倒されちゃうんだようね。当時はね、栄光に入るでしょう、すると周りの友達は皆、勉強がとてもよくできるんだよね。「自分ってたいしたことないのかな、自分には得意なことがあるのだろうか。」そう思っていた時に、この課題に出会ったんだよね。この紙工作の課題で、先生から、「うまい!」とほめてもらえたこと。これは、子供心にも、自信を取り戻すきっかけとなりました。

 

ーー先生の一言が大きな自信となったのですね。

 あとは物理を教えて下さったドイツからいらした神父様の先生。実験装置の組み立て方やノートの取り方をいつもほめてくれました。先生から年度最後に「ノートをコピーさせてほしい」と言われたときは、「先生に認めてもらえたんだ」って、うれしくなりましたね。とにかく手を使ってものをつくったり、実験をしたり、ノートにまとめたりすることを通じて、自信をもつことができました。

 

ーーなるほど。そのような経験もあり、先生は「手をつかって何かをつくる」ことを大切にされているのですね。化学を教える立場となってからは、いかがでしょうか。

 化学のように、高二高三での授業が多い科目だと、どうしても大学受験を意識しないといけない。受験という目的の下、やらなければならないことがどっさりあり、化学の面白さ、自然の不思議といったものを、全て伝えきれないもどかしさを常に感じています。数年前に担当した中学生の授業では、本来の化学の面白さを味わってもらうことに重点をおいて、実験をたくさんするようにしました。高校生の授業でも、少なくとも週に1回は演示実験をしています。
 最近は、良質な実験動画もたくさんあるので、そうしたものを見ている生徒も多いんですよね。それでも、授業で実際に化学実験を見たり、したりすることで、さらに五感を働かせてくれています。触覚、嗅覚、聴覚、時々は味覚も。視覚による情報は豊富なのだけれど、生の実験でしか得られない体験もあります。

 たとえば以前、クエン酸と重曹と砂糖とを混ぜてラムネをつくる実験をしたところ、高校生でも盛り上がりました。そのほかには、樟脳(しょうのう)の匂いを嗅ぐ実験をしたこともあります。樟脳の匂いのイメージは「お祖母ちゃんの着物」だったり「筋肉消炎剤」だったりして、人によって感じ方が違いました。

 

ーー嗅覚から記憶へ。生の実験を通じて初めて得られるような、五感を活用した体験。その中で思わぬ記憶が蘇ってくる。化学の世界における発見だけでなく、自分自身に関する気づきのようなものも得られることがあるのですね。

 そうですね。そして今教えている生徒たちは、化学実験の動画を手軽にみられる環境にいる世代ですが、ありがたいことに、素直な心と好奇心をもって、実験を面白がってくれますよね。「なんでだろう」「こうしたらどうだろう」「不思議だな」という好奇心の目を自ら閉ざしているようには見えないですね。
 実際に自分の手を動かして実験するという点でいうと、栄光学園では、高3の夏休みに、色々な実験を生徒自身がする機会もあります。約6時間、それを3日間。大規模な実験演習です。無機定性分析を思う存分やれますよ、小っちゃい頃の色水屋さんだよね。水が赤くなったり青くなったり、黄色くなったり、匂いでいえば、臭素がでたり、硫化水素がでることも。大変といえば大変なのだけれど、希望者限定でやっていますよ。

 

ーーなるほど。高校3年生でも、自らの手をつかって、五感を働かせて、思う存分実験に打ち込める機会が与えられているのですね。

(つづく)